1990年初渡英、ポールコンサートにリベンジした話
先日、以下の記事で初渡英の話を少しだけしたのですが、当時は、ブログも無ければツイッターもない時代。
長い月日が流れ記憶が曖昧になってしまった部分も多々あるので、ビートルズやオアシスのオタ活も覚えている範囲でこのブログに記録していきたいと思っています。
還暦を前に人生を振り返ってみたくなりました。
今回は、人生で初のオタ活だったと思われるビートルズ関連の話です。
ota-atokatazuke.hatenablog.com
1990年1月11日~26日までの間に計11回、ロンドン郊外のウェンブリーアリーナでポールマッカートニーのコンサートが催されました。
悪夢の日本公演中止から10年。
リベンジのために、私は英国へ向かいました!!!
ウェンブリーアリーナ
とは言っても、初めての英国。
海外旅行は何度か行っていましたが、聖地に足を踏み入れることに何故か不安もあり、以下のツアーにポールオタクの幼馴染と共に参加することにしました。
幼馴染は1980年に苦渋を味わった同士です。
ヴァージンアトランティック航空で約13時間。
当時は最短のシベリアルート。
シベリア(ロシア)の永久凍土の上空を飛び、ロンドンのガトウィック空港に到着。
ヒースロー空港に降り立ちたかったのですが、出来たばかりの航空会社だったので仕方ありません。
*ちなみにwikiよると、翌年1991年1月にヒースロー空港の利用許可を受けたそうです。
それでも、憧れの英国です。
冬は日本よりも日が短いので、すでに真っ暗の中、空港からホテルに向かいました。
オレンジ色の街灯が美しく夢のようでした。
宿泊ホテルは、フォーラムホテルロンドン。
地下鉄ピカデリーラインのGloucester Road駅からすぐ近くでとても便利でした。今は無いようで残念ですが、、、
ロンドン到着の翌日19日、ツアーには21日のコンサートチケットが付いていたのですが、待ちきれず幼馴染とツアー参加者数名でウェンブリーアリーナへ行きました。
チケットは持っていないので、現地ダフ屋から購入です。
幸いツアー参加者の中に英語が堪能な人がいたので、交渉してもらいチケットをゲットしました。
定価は18.5ポンドって書いてありますね。安い!日本円で3000円くらいですかね?
ダフ屋価格でも日本円で10000万円くらいだったと思いますが、なんと!アリーナ席でした。
実はコンサートの写真があるのですが、こういう写真はブログには載せられないのかな?
写真を見るとアリーナのかなり前の席です。横の方の1、2列目?
なぜ写真があるのか?謎です。
自分で撮った記憶がないので(それどころじゃないw)おそらく一緒にいたツアー参加者の誰かに頂いたのだと思います。
初ポールです!!!
10年前に見ることが出来なかったポールが目の前にいるので、ウィングスではないけれど、本当に本当に感無量でした。
ファンクラブのフィルムコンサートやテレビでしか見たことがなかったので、同じ空間にいること自体が信じられなかったですね。
自分にとってビートルズは神なので、ポールって実在するんだ~って思ってましたw
「信じられないような夢のような最高の時間を過ごせて、涙、涙だった」と、この英国旅行のアルバムに自分のコメントが書いてありました。
そして、ツアーに付いていたコンサートの日を迎えました。
前回同様、アリーナ席でセンターに近い席だったみたいですね。
写真を見ると1、2列目くらい?
さすがツアーです。頑張って良い席を取ってくれたのでしょう。
ピアノの目の前の席で、Maybe I'm Amazed、The Long And Winding Road、
The Fool On The Hillを堪能できました。(1/21のセットリストを確認)
1/23、英国ツアーでの最後の夜です。
この日のスケジュールを見るとツアーのディナーパーティがあったようですが、ポールのコンサートに行って参加できなかったようです。
ディナーよりもポールです!!
この回、初めてスタンド席だったみたいですね。
ポールとバンドメンバーのお陰で本当に素晴らしく幸せな時間が過ごせたことに感謝です。
こんなにもたくさんの人を幸せにできるポールは凄いです。
小学生の時からの長年の夢が叶ったツアーでした!
これで帰国ですが、本当にもう日本に帰りたくなかったですねw
ただ可愛い愛猫が待っていたので、猫のことを思い帰国しました。
そして、この渡英をきっかけに、その後何度となく英国を訪れることになります。
ポールの他にオアシスやブラーのライブなどチケットが見つかったら書いていきたいです。あとは聖地巡礼とか書いていけたら良いな~
早いもので今日はクリスマスイブ。
ジョンとポールのクリスマスソングを聴いて過ごしたいです。